Ｅｎ‐ｇｒｅｙ

中学生。ｈｙっぽいけど、ｙｈ。

　負けず嫌い？




　女子は、走り去ってしまった。まさに、嵐。

「……積極的、なのな」

　暫くして我に返ってから、呻く。辺りは薄暗いし、他の部員も帰ってしまって

人気がないにしても、大胆な。ぼんやり思い出してしまって、顔が今更熱くな

るのが、解った。俺だって慣れてるわけじゃないし、男の子である。思わず、

口元を覆った。唇の感触なんて、唯１人のものしか知らない。比べる余裕も

なかったけど。

「やわこかった･･････」

「何が？」

「だから、あの女子のくち……」

　身体が、金縛りみたいになった。首筋の、冷えた金属に心拍数が急上昇する。

「くち？何？聞こえないんだけど？」

　後ろから聞こえる声には、覚えがあった。今一番逢いたくない、いや、逢って

は、いけない人間である。何となし、口調がつんつんと棘を立てていた。

「……いつから？」

　おそるおそる首を巡らす。並盛中風紀委員長は、恐ろしくも良い笑顔である。

「此処に来たのは、さっきだけど」

　すいと、ひばりの長い人指し指が校舎を指す。その線上に答えはあった。

「丸見えだよ」

　視力どんだけあるんだよっていう突っ込みは、トンファーの一撃に阻まれた。



　おれはそのまま、昏倒したらしい。外は、真っ暗だった。応接室のソファに寝か

されていて、運んだのはひばりしか考えられないので、申し訳ない気になる。

「避けようと思えば、避けられただろ？」

　ひばりは、俺の向かいのソファに座っていた。手元の文庫本から顔は上げずに

ぽつりと呟く。

「や。今回は、俺が悪いし」

「それで気絶して。馬鹿じゃないの？」

「ははっ、そんなつもりじゃなかったんだけどな」

　その後に、ちゃんと謝るつもりで。そこまで考えて、俺は謝ってない事に気づく。

上体をゆっくり起こして、キチンとひばりに向き合うように座り直す。殴られた頭が

ジンジン痛んだけど、加減はされてたみたいだ。ひばりは、やさしい。

「サンキューな。それと、ごめんな、ひばり」

　誠意を込めて、言った。

「別に。でも、次はないから」

　ひばりは素っ気なかったけど、許してくれたなら十分である。ひばりの言葉どおり

次は無い。必要ないかな、と思ったけど、報告しておく事にした。

「おれ、ちゃんと断ったからな」

　ひばりは、顔を上げた。真っ直ぐにおれを見る。ひばりが目を逸らさないので、俺も

逸らせない。結果見つめ合う形になって、顔に熱が溜まりだす。ひばりがクツクツと

喉を鳴らした。

「真っ赤」

　一気に、熱が上がった。

「……ひばりのせいですから」

　おれはうーうー唸り、頬やら額を押さえつけた。普段素っ気ないが故、免疫が出来

ない。それを知ってやるんだから、性質が悪い。ひばりは、仕返しだというのだけど、

きっとダメージはおれの方が大きい。

　フン、とひばりが鼻を鳴らす。

「当たり前。キミは僕で、そうなればいい」

　傲慢にも、そう言ったひばりが、テーブルに手を付き伸びあがる。とんでもないことを

言われた。でも、ひばりの行動の意図を知ってしまったら、喜ぶのも驚くのも後回しにし

て、上体を倒すしかなくなった。

　ふわりと、唇が重なる。最初は、軽く。後は、ひばりの方が積極的に舌を絡めてきた。

初めてかも、と考える余裕なんて俺にはなく、夢中になった。

　ちゅ、と音を立てて離れた唇が、熱い息と一緒に「消毒ね」と呟いた。どれだけ思考が

溶けてたって、それが、何の事か分からない俺じゃない。

「……ひっ、ばり、さーん」

　本当、どこまで、と訴えたかった。けれど、ひばりはそれを制し、にやりと笑った。

「僕の方が、やわこかったろ？」


　

（キミを、ドキドキさせるのは僕だけ。分かった？）