Ｅｎ‐ｇｒｅｙ

　








　
　どうしたって言うんだ。

「ちょっと、今がどういう状況か」
「分かってるのな」

　そう言いきった割に、山本の行動は矛盾だらけだ。何処に行ったって、此処は
戦場でしかない。それなのに爆音響く場を無視し、森の中を奥へ奥へと突き進む。
その手は僕の手首をきつく掴んで痛いくらいだ。いつもいつも僕に触れる手はとて
も優しい。もどかしいくらいだというのに、今はその余裕も労わりも一切感じられな
かった。

　こんな事してる場合じゃないだろう。

　僕よりも山本の方が強く思っているに違いない。だって闘っているのは誰？大切
な群れだろう？それなのに、こんな背を向けるような行為。らしくないじゃないか。

「いい加減に」

　山本への苛立ちと、楽しみを邪魔されているというフラストレーションが頂点に達し
殴ってでも振り払ってやる、と思った瞬間、不意に山本が歩くのを止めた。次いで、掴
まれていた手に力が加わる。

「っな、」

　抵抗する暇なんて、無かった。ぽすり、と。いとも簡単に、僕は山本に抱きしめられ
ていた。我に返って、もがく。何を考えているのか解らない山本に純粋に怒りが湧い
てくる。もう、殴るだけじゃ済まさない。

「……無事で良かったのな」

　空気が抜けていくような声だった。何を今更。そんなもの見れば分かる事だろう、と
首を傾げかけて、気づいた。可能性として考えてなかった僕が悪いのだろうか。

「……キミ、視たの？」

　肩口で頭が上下する。ああ、もう。ホントにあの果実は碌なことをしない。あの場に
山本の気配を気取る事は出来なかった。内容に納得行かなくて憤慨はしても、その
点に関しては安心しきっていた。でも、性質の悪い人間がすることは、やはり性質が
悪いものだ。
　そ、と心持、身を寄せてみる。馬鹿なことをしている、と思った。鼓膜は爆音を捉え
震え続けているし、大地の揺れを感じた両足はぐらつく。なのに、僕は山本から離れ
る気はなかった。
　これは、ご褒美だ、と言い聞かせる。この時代に来て、誰より傷ついたであろう山本
へ、僕からの。

「キミは、ホントにヘタレだね」
「いつもはそんな事ねぇって。……アレが酷過ぎたのなー」

　口調は、のんびりとしていた。が、こんな風になってしまったことを思い返して、恥と
するのは目に見えている。どうせなら全て晒せば良いのに、と思ったけれど性分から
して一生無理なんだろう。そんな気がする。

「……痛かったかい？」

　ココロが。

「……ヒバリも逆の立場になってみれば良いんだ」

　ぼそり、と愚痴るように山本が呟く。自惚れてる発言にムッとしたものの、僕は、考え
てみた。でも、何も見えて来ない。

「分からないな」
「それは、酷ぇな……。まあ、アンタが痛かったり苦しかったりすんのは嫌だけど、少し
くらい……」

　何かあってもよくねぇか、と山本がぼやく。誤解だ。でも訂正するのは面倒だし、まだ真
意を話す気にはならない。
　そこまで甘やかす気は、僕にはないからね。

「なってもいないことを、想像なんて出来ない」
「んー？……それもそっか」

　単純で良かった。
　ほんとの事はいずれ、また。気が向いたら話す事にするから、ちゃんとその時に聞いて
くれればいいと思う。

　今はそれより何より。

「もういいでしょ？行くよ」
「おう！」

　（全ては、あの頃に戻ってからの、）